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〜第3回 減圧症とエンリッチド・エア その1〜

文/山見信夫(医療法人信愛会山見医院副院長・医学博士)

減圧症に対するエンリッチド・エアのメリット

はじめに

エンリッチド・エアを使ったダイバーにインタビューすると、「疲労が少ない」、「呼吸が楽」、「水中で頭がクリア」、「窒素酔いになりにくい」、「カメラのピントが合いやすい」、「頭痛を起こしにくい」など、いろいろなメリットを聞くことができます。これらの事象が統計学的に有意なのか、それとも単なるプラセボ効果(気のせい)なのかを確認するためいろいろな角度から検討が行なわれています。しかし、これまでの研究では、水深18m相当圧でエンリッチド・エア36を吸っても、疲労、注意レベル、集中力には変化が見られないことなどが示されています1)。一方、減圧症については、使い方によって抑止効果があることがわかっています。今回は、窒素の吸収・排出について解説し、エンリッチド・エアが減圧症にどのように関わるか説明したいと思います。

1) Harris RJD, et al.: Measurement of fatigue following 18msw dry chamber dives breathing air or enriched air nitrox. Undersea and Hyperbaric Medicine 2003; 30:285-291.

エンリッチド・エアにおける窒素の吸収と排出

空気とエンリッチド・エアについて、窒素の吸収と排出を比較してみました。

図1

図1 空気とエンリッチド・エア(EAN32)の比較

・ATA(絶対気圧)は酸素と窒素の分圧。
・気体は分圧の高いところから低いところに流れるという原則に基づき、窒素の吸収・排出について示した。
・実際は、運動、寒冷、緊張などにより、血流や呼吸の回数や深さなどが変化するため、窒素の吸収・排出は分圧差だけによるものではない。
・体内に溶解している窒素は、ダイビング中に溶解した窒素量をシェーマ化したものであり、特定の組織に溶解した窒素を示すものではない。ダイビング前に(大気圧下で)既に体に溶解している窒素については示していない。

ダイビング開始前:大気圧下でエンリッチド・エア32を吸うと、肺(肺胞内)の窒素分圧が血液(肺毛細血管内やその他の組織)より低くなるため窒素が排出されます*1

潜降中:空気ダイバーもエンリッチド・エアダイバーも、窒素が体に溶け始めます。深く潜れば潜るほど吸入するエアの窒素分圧が高くなるため、肺と血液の分圧較差が大きくなり急速に溶けていきます*2

ダイビング中(図では水深30m)エンリッチド・エア32は空気より窒素濃度が低い分(空気:EAN32 = 3.16ATA:2.72ATA)、体に溶け込みにくい傾向があります。時間が経過するに従い、溶解している窒素量にさらに差が見られます。

浮上中(図では水深10m)エンリッチド・エア32ダイバーは、肺に入る窒素が少ない分、速やかに排出されます。エンリッチド・エア32は肺の窒素分圧が空気より低いため、血液から肺へスムーズに排泄されるのです。一方、空気ダイバーでは、肺の窒素分圧が高い分、なかなか排出が進みません。 血液中の窒素分圧が下がり始めると、全身各所で窒素が排出され始めます(組織→血液→肺への移動)*3。各組織における窒素の飽和率は、浮上(減圧)とともに増加します*4。時には、過飽和になる組織も出てくるため、気泡が発生することがあります。発生した気泡の多くは血液(体静脈)に乗って肺まで運ばれ排出されます。

ダイビング終了時:結果的にエンリッチド・エア32ダイバーは空気ダイバーより残留窒素が少なくなります。もし、エンリッチド・エアダイバーが大気圧復帰後もそのままレギュレータを外さず吸い続ければ、大気圧の空気を呼吸するより残留窒素が早く排出されます*5

図には示していませんが、浮上中、ほとんど窒素を含まない高酸素濃度のエンリッチド・エアを一定時間吸うと窒素の排出が急速に進みます*6。じゅうぶん脱窒素されると減圧症にかかる可能性はほとんどなくなります。 エンリッチド・エア32と36は、ある程度窒素を含んでいるため、浮上時、それほど強い脱窒素作用が働くことはありません。窒素の吸収・排出における位置づけとしては、「ダイビング中に窒素の取り込みを抑えることができるエア」と捉えておくのがよいと思います。

*1 我々は日常(大気圧下)において、約1リットルの窒素が溶解した状態で生活しています。エンリッチド・エアを吸うと、その窒素の一部が排出されます。

*2 肺(肺胞)の窒素分圧が血液より高ければ高いほど吸収が速くなります。

*3 たとえ浮上(減圧)中でも、窒素分圧が血液より低い組織では、窒素の吸収が続いています。半飽和時間(組織に溶ける最大量の半分まで溶解するのにかかる時間)が長い組織には、ダイビング中あまり窒素が溶けていないため、浮上中でも、血液から組織へ窒素の分配が行われていることがあります。

*4 浮上すると吸入するエアの窒素分圧が下がるため、溶解しようとする窒素は減ります。しかし、減圧(環境圧の低下)に伴い組織に溶解できる許容量が減ってしまうため飽和率は上がってしまいます。

*5 エンリッチド・エアの酸素分圧が高ければ高いほど、残留窒素の排出は促進されます。吸入するエアの酸素分圧が高いほうが、肺に取り込まれる窒素が少なくなる(窒素分圧が低くなる)ためです。

*6 酸素減圧ともいいます。酸素中毒予防の限界分圧を1.4ATAとすると、たとえば100%酸素であれば水深4mより浅い深度で吸うことができます。1.6ATAまで許容すれば水深6m以浅ということになります。深い深度で吸うほうが窒素は効率的に排出されます。

減圧症のメカニズム

気圧が下がったことによって、体に溶けている気体(主に窒素)が気泡化し、手足にしびれや痛みが出現する病気を減圧症といいます(表1)。発生した気泡は、普通その場に留まり組織を圧迫して症状を発現させますが、発生したところとは違う別の組織に移動して発症させることもあります。

組織の過飽和が進むと気泡が発生し、数が増えるとともに徐々に径を大きくしながら最終的に留まった部位の症状を起こします。気泡がたくさんできたり大きかったりするとひどい症状を起こしがちですが、存在する臓器(部位)によって症状の出やすさと重症度が大きく異なります。

体にはほとんど血液が流れていない組織(半飽和時間が長い組織)もあれば、血流の豊富な組織(半飽和時間の短い組織)もあります。たとえば、関節には比較的半飽和時間が長い組織が多いので(300分以上)、ある程度長いダイビングをしないと減圧症を発症させる量の窒素が溜まりません。神経などと比較すると繊細な組織ではないため、高い閾値を超える気泡が発生しないと症状が見られません。また血流が少ないため浮上時、窒素の排出が遅く、少々安全停止をしたぐらいでは窒素が十分排出されません。

それに対して脊髄は、血流が豊富なため半飽和時間が短く(約10分)、短時間の潜水でも飽和してしまいます。神経が束になっていて周囲に余裕(遊びのスペース)がないため気泡が微量でもできてしまうと症状が発現してしまいます。また酸素欠乏に弱いため、数10分圧迫されたり血液が少し流れなかっただけで機能が元に戻らなくなります。しかし元来血流が豊富な組織であるため、浮上の時、窒素の排出はスムーズで、短時間の安全停止でも効率的に排出が進みます。

発生した部位に留まって症状を発現する代表が脊髄や関節の気泡であれば、発生した部位と違ったところに移動して症状をもたらす代表が静脈内気泡といえます。そもそもダイビング後、静脈には末梢組織から窒素が流れて(排出されて)きますから、もっとも気泡が見られやすいのは静脈なのです。静脈を流れるほとんどの気泡は肺まで流れ、細い血管に詰まり呼吸によって排出(排気)されます。ところが、気泡量が多かったり排出し切れない箇所があると肺の減圧症(症状は息苦しいなど)を起こすことがあります。静脈内気泡も体にとっては異物なので生理的な変化が見られることはありますが、検査所見の異常や自覚症状が出ない限り減圧症と診断されることはありません。

一般に、レクリエーショナルダイバーのダイビング・プロフィールは、比較的深い深度に短時間潜り、浮上スピードが速く、安全停止深度がまちまちで停止時間も短い傾向があります。そのため、半飽和時間の短い脊髄の症状が出現しがちです。減圧症予防のためには、これらのプロフィールを安全に工夫することも必要ですが、原因となる窒素を根本から少なくできるエンリッチド・エアを活用することも薦められます。

■表1/スクーバダイバーの減圧症の症状 (重複あり)

気泡が詰まっている場所 症状 割合
脊髄 → 手足のしびれ、感覚がおかしい 75.3%
関節 → 関節周囲の痛み 43.0%
筋肉 → 筋肉痛 16.5%
内耳 → めまい、難聴 13.3%
その他:頭痛、肩こり、頭がぼ〜とする、筋力低下、だるい、胸の違和感、息切れ、皮膚の発疹・かゆみ、むくみ、吐き気、二重に見える、など       

山見:「減圧症の症状」日本プライマリ・ケア学会誌vol.24 2001年より抜粋

エンリッチド・エアは減圧症にどう関わるのか

エンリッチド・エアダイバーが、空気ダイバーと同様のスケジュールで潜れば、体に溶け込む窒素が少なくなります。減圧症の原因となる溶解型窒素が少なければ、浮上後、気泡ができる可能性が低くなり減圧症にかかる割合が低下することが期待できます。

ところで、空気を使って潜っている一般ダイバーの減圧症発症率は、数千ダイブに1回程度です。エンリッチド・エア32や36を使うダイバーが、空気用のテーブルやコンピュータに従って潜れば、残留窒素は少なくなり発症率も低下しそうですが、元々空気ダイバーの発症率がそれほど高いものではないため統計的にはなかなか有意差が認められません。また、ダイバーがエンリッチド・エアを使う時、実際のダイビングでは潜水時間を延長することが多いため、減圧症の発生率は空気と同程度になってしまいます。

これまでの研究では、水深30〜40m*7といった比較的深い深度(圧力下)であれば、空気を使用するよりエンリッチド・エア32を使用するほうが減圧症に罹る割合が少なかったという結果が得られています。

*7 ただし、エンリッチド・エア32の酸素中毒予防のための安全限界水深は34mとされています。

次回は、どのような人がエンリッチド・エアを使うとメリットが高いかについて解説します。


筆者プロフィ−ル

ph山見信夫(やまみ のぶお)
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。
宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。 宮崎医科大学附属病院、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部准教授併任)等を経て現職。
日本高気圧環境潜水医学会理事・評議員・専門医 
日本小児科学会専門医、日本臨床内科医会専門医、日本プライマリケア学会指導医、日本体育協会スポーツドクター、日本医師会認定健康スポーツ医、日本医師会認定産業医
海上保安庁や警視庁の潜水訓練においても、長年、講師を務めてきたダイビング歴30年、インストラクター歴26年のダイバー。
月刊マリンダイビングと月刊ダイバーに連載中。
◆ドクター山見公式ウェブサイト:http://www.divingmedicine.jp/


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