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FantaSeaの世界

FantaSeaの世界

夢のようなシーンが目の前に広がっていた。目で見える景色はちょっとこれとは違うけど、僕の頭の中ではこのようなイメージだった。それが写真で表現できたことが嬉しかった。これはFantaSeaを象徴する一枚です。

第1回 「海との出会い」

初めまして、写真家のむらいさちです。今回より3回にわたって「FantaSeaの世界」と題し、僕が海に出会ったころから、今度開かれる写真展「FantaSea」に至るまでをお話しさせていただきます。
⇒写真展「FantaSea」の詳細はこちら

今の僕を話すとき、子供のときまで遡る必要があります。海のない埼玉県で育った僕は、いつも海への憧れを抱いていました。それがなぜだと言われると、自分でもわかりません。ないものねだりだけではない気がしますが、とにかく海への憧れは強かったです。

幼稚園の頃、将来なりたい職業は「漁師」でした。周りの友達がパイロットや野球選手と言っている時に、やっぱりちょっと変だったのでしょう・・・。なんだか恥ずかしてく人前ではあまり口にはできませんでした。野球やサッカーにも夢中になりましたが、それ以上に魚獲りや釣りに夢中になっていました。どんな魚に出会えるか、そんなことにワクワクしていたのを思い出します。きっとここが原点で、僕にとって海は「ワクワクする場所」で、その気持ちは今でも変わりません。

FantaSeaの世界

石垣島周辺もオニヒトデの被害でサンゴが減ってしまっているのですが、新たに若いサンゴが成長し、こんなシーンが見られるようになり、とても嬉しくなりました。

そして中学生の時、映画『彼女が水着にきがえたら』に出会い、一緒に映画を見ていた友人に「俺、沖縄でダイビングの仕事する!」と宣言したのを今でも覚えています。その時初めて、漁師以外に海で生きていく方法を知ったのだと思います。そして、それはとても楽しそうでした。単純な僕は、心の中にずっとその思いを秘めたまま日々を過ごしていました。

18歳になり、オープンウォーターのCカードを取得。今でも、初めて海に入った瞬間の記憶は鮮明に残っています。「海の中って、音がなくて不思議だな」。それが最初に海に入った時の感想でした。

沖縄でダイビングの仕事をするのが夢だった僕は、ダイビングを仕事にできる「PADIダイブマスター」を目指してバイトでお金を貯めて、ステップアップをしていきました。そして20歳になった時、やっぱり夢をあきらめられないと、沖縄への移住を決めました。当時、沖縄に行ったこともなかったのですが、知り合いにダイビングショップを紹介してもらい、念願叶って、沖縄でのダイビングライフがスタートしました。行った当時はダイビングの経験本数はまだ40本くらい。すべてが初めての経験の中、修行生活が始まりました。辛くて大変なこともたくさんありましたが、今でも思い返すとニヤニヤしてしまうほど、楽しかった沖縄での日々。あんな美しい海を毎日見ていたなんて、今思うとなんとも贅沢です。

その後ダイビングインストラクターになり、お客様を案内する水中ガイドなどもやり始め、今度は感動を共有するということの楽しさに目覚めました。そして、自分が楽しむより、人が喜んでいる姿を見ることが楽しいということに気付いたのです。そんな楽しい日々を4年ほど続けたのですが、諸事情により、また海のない実家の埼玉に戻ることになりました。次回は、そこからカメラマンになるお話を書きたいと思います。

FantaSeaの世界

イシガキカエルウオ君。その名の通り石垣島に多く生息しています。他のエリアではシャイでなかなかゆっくり撮影させてくれないけど、本家石垣島の子は、個体数が多いせいか逃げずにゆっくり写真を撮らせてくれました。

むらいさち Profile


うみカメラマン。沖縄でのダイビングインストラクターを経て写真の世界へ。現在はフリーランスで、水中に限らず地球のあらゆる場所で「しあわせのとき」をテーマに撮影を続けている。2016 年7月7 日〜 24 日まで《伊藤忠青山アートスクエア》にて、水中写真展「FantaSea」を開催し、今までにない、ファンタジックな水中の世界を展示。著書に、写真集「きせきのしま」(小学館)、「LinoLino」「ALOHEART」(LifeDesignBooks) がある。
⇒オフィシャルサイト

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