もっと知りたいエンリッチド・エア

-第4回- 減圧症とエンリッチド・エア その2

文/山見信夫(医療法人信愛会山見医院副院長・医学博士)

どのようなダイバーがエンリッチド・エアを使うとメリットが高いか

はじめに

PADIのマニュアル(Enriched Air Diver MANUAL)では、エンリッチド・エアを使用しても減圧症の罹患率を有意に下げることはできないとしながらも、減圧症にかかりやすい因子を1つ以上持つダイバーには魅力的なエアと説明しています。

エンリッチド・エアを使用するダイバーは、控えめに潜れば残留窒素が少なくなり安全率が高まりますが、エンリッチド用のテーブル(またはダイブコンピュータ)に従って最大限潜れば、空気で潜ったダイバーと同程度の窒素が蓄積します。エンリッチド・エアは使い方によって安全性の向上と潜水時間の延長という2つのメリットを持ち合わせます。

今回はどのようなダイバーがエンリッチド・エアを使うとメリットが高いかについて解説します。

エンリッチド・エアを使うとメリットが高いダイバー

表1は減圧症にかかりやすい因子を持つダイバーです。ダイビング後、窒素の排出が遅れるダイバーは特にエンリッチド・エアを使うメリットが高いと考えられます。

表1 減圧症にかかりやすい因子を持つダイバー

・深く長く潜るダイバー

・ダイビング本数が多いダイバー(1日3本以上など)

・中高齢ダイバー

・肥満(体脂肪率が高い)

・減圧症経験者

・喫煙者

・日頃、運動不足のダイバー

・水中で運動量が多い時

・水中で息切れしやすいダイバー

・水温が低い時

・潜水後に航空機搭乗するダイバー

・潜水後に高所移動するダイバー

・高所ダイビング(標高の高いところで潜るとき)

・卵円孔開存(心臓の壁に穴があいている体質)があるダイバー

エンリッチド・エアはいつ使うのがよいか

1日に複数回潜る時は、通常、深いダイビングを先に行なうのが原則です*1。そのため、深いダイビングでエンリッチド・エアを使用するのであれば1本目ということになります*2

一方、1日3本以上潜るような時は、残留窒素を増やしたくないという意識から2本目または3本目以降にエンリッチド・エアを使うこともあります。

また、2本目や3本目に深場に行く「リバースダイビング」をする時は、エンリッチド・エアを使い、吸収される窒素量をひとつ前のダイビングより減らし、事実上(窒素分圧上)のリバースダイビングにならない工夫をすることもあります。

*1 最初に深いダイビングをするパターンを「フォワード・ダイブ・プロフィール(フォワードダイビング)」といいます。逆に、深いダイビングを後に回すパターンを「リバース・ダイブ・プロフィール(リバースダイビング)」といいます。リバースダイビングには2種類あり、ひとつは、1日複数回潜るダイビングで1本目より2本目、2本目より3本目など、後のダイビングほど深く潜るパターンです。もうひとつは、ダイビング中、前半に浅く潜って後半に最大深度に行くパターンです。いずれのリバースダイビングもフォワードダイビングより減圧症の発症率が高くなります。

*2 新しいスポットに潜りに行くと1本目に浅い水深でチェックダイブをすることがあります。その日のダイビングはリバースプロフィールになりますが、2本目以降のダイビングで残留窒素を調節すれば減圧症になるリスクは少なくなるので単純に間違いとはいえません。

■図2 米国海軍の標準空気減圧表の反復グループ記号の推移
空気ダイバーとエンリッチド・エア・ダイバーの比較

・水深○m:実際に潜った水深

・( m):テーブルを引く時の水深

・SI:水面休息時間

・アルファベット:反復グループ記号

1本目

空気  水深28m(30.5m) 20分 → F → 2時間SI → D
EAN32 水深22.7m(24.4m) 20分 → E → 2時間SI → C

2本目

空気  水深22m(24.4m) 20分 → I → 2時間SI → F
EAN32 水深17.5m(18.2m) 20分 → G → 2時間SI → D

3本目

空気  水深16m(18.2m) 20分 → J → 4時間3分後にC(高所移動可)
EAN32 水深12.4m(15.2m) 20分 → G → 2時間59分後にC(高所移動可)

⇒本数が増えるに従い、エンリッチド・エア・ダイバーと空気ダイバーの反復グループ記号の差が大きくなります。

メリットが高いダイバーの具体例

1. 長い時間潜るダイバー
実際のダイビングシーンでは、エンリッチド・エアのメリットとして、空気より長く潜れることがまず挙げられます。当コラムの第2回に掲載した表2「米国海軍標準空気減圧表に基づいたエンリッチド・エア32(EAN32)の空気相当換算水深および減圧停止を必要としない潜水時間」において、たとえば水深18.2mの「減圧停止不要潜水時間(無減圧潜水時間)」は、「標準空気減圧表」では60分、「エンリッチド・エア32(EAN32)における空気相当換算表」では100分となります。エンリッチド・エア・ダイバーが、空気ダイビングと同程度の残留窒素を許容すれば、空気より40分も長く潜れるわけです*3。最大深度にできるだけ長く潜りたい水中写真派には魅力的です。

*3 水中に長時間滞在すると体の冷えや血流障害などの生理的な影響を受けやすくなるため、潜水深度と時間から算出される残留窒素量の誤差は大きくなります。

2. 深く潜るダイバー
一般に深いダイビングをするほど減圧症の発症リスクは高くなります。深くても適切な減圧を行なえば予防できるはずですが、実際には窒素の排出がうまくいかない頻度が増すのです。連日深く潜る時は残留窒素が溜まりやすいので、特にエンリッチド・エアを使用することが推奨されます。もちろんエンリッチド・エアの酸素分圧に応じた最大深度は守らなければいけません。

3. 高所移動をするダイバー
ダイビング後、標高300~600mの高所へ移動する時は、米国海軍標準空気減圧表の反復グループ記号がA~Cになっていればほとんど減圧症は発症しません*4。 ただ1日2本以上潜ってダイビング直後の反復グループ記号をA~Cにおさめようとすると、潜水時間が短くなり十分楽しめないことがあります。そういう時はエンリッチド・エアを使用して残留窒素を少なくすれば、長く潜れたうえにダイビング後あまり時間をあけずに高所移動することができます。

*4 高所移動の指針
◆海抜0m~標高300mへの移動:過去に減圧症の経験がなければ規定なし。
◆標高300~600mへの移動:米国海軍標準空気減圧表の反復グループ記号がA~Cになってから。
◆標高600~2,400mへの移動:DAN USAが示している航空機搭乗ガイドラインに従う。航空機搭乗ガイドラインは、機内キャビン圧が高度2,000~8,000フィートに相当する気圧(標高610~2,438mに相当する気圧)に搭乗するダイバーを対象としている。1日に1本無減圧潜水をしたダイバーは最低12時間あけ、1日複数回または複数日潜水したダイバーは最低18時間あける。

最後に

2011年はエンリッチド・エアの新たな幕開けの年となりました。今後、エンリッチド・エアが益々普及し、どこの海でも気軽に使える環境が整い、レクリエーショナルダイビングのスタンダード・エアになることを期待します。

筆者プロフィ-ル

山見信夫(やまみ のぶお)
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。
宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。 宮崎医科大学附属病院、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部准教授併任)等を経て現職。
日本高気圧環境潜水医学会理事・評議員・専門医
日本小児科学会専門医、日本臨床内科医会専門医、日本プライマリケア学会指導医、日本体育協会スポーツドクター、日本医師会認定健康スポーツ医、日本医師会認定産業医
海上保安庁や警視庁の潜水訓練においても、長年、講師を務めてきたダイビング歴30年、インストラクター歴26年のダイバー。
月刊マリンダイビングと月刊ダイバーに連載中。
◆ドクター山見公式ウェブサイト:http://www.divingmedicine.jp/

ページトップ