PADIジャパン/大阪オフィスの西川です。
これまでの2回は浮力関連スキルでしたが、今回はナビゲーションでいってみましょう。
バディ同士でダイビングを楽しむためには欠かせないナビゲーションのテクニック。
ナビゲーションのトレーニングのときでも、ナチュラル・ナビゲーションはともかくコンパス・ナビゲーションの往復や四角パターンを、実際のファンダイブにどうやって役立てるかが難しいところです。
ちゃんと帰ってこられたものの、コンパスだけしか見ていなかった、では後に活用できません。
そこで、マーカーや人工物ではないランドマーク(目標物)の設定がお勧めですが、サカナ好きダイバー向けには岩礁やカイメンといったものよりも、クマノミやコケギンポのいる岩など、定着性のサカナをランドマークにしてみたらいかがでしょうか?
そこからスタートすれば水中マップを見ながら自分達でフィッシュ・ウォッチングを楽しんで帰ってこられるダイバーという目標設定が可能になります。
私がインストラクターになりたての頃、当時から大のサカナ好きだったこともあり、お客様とその日のダイブのログブックを書くときは、サカナの図鑑を使って見たサカナを一生懸命に解説していました。
ところが、お客様にはなかなか興味を示してもらえなかったことが多く、悩んでいたこともありました。
そんなとき、先輩のインストラクターから「たどったコースを解説しながら登場したサカナを順番に説明する」というワザを教えてもらったのです。
このワザの効果は絶大で、おかげで多くのサカナ好きダイバーを誕生させることができたのです。
どうやら、たどったコースと目撃したサカナは記憶の中でリンクし、満足度の相乗効果を発揮するようです。
もともとナビゲーションのテクニックは水中オリエンテーリングのように決められたコースで正確さを競うようなダイビングでも使われますが、ほとんどの場合は限られた潜水時間の中で効率よくいろいろな生き物を見てエキジット・ポイントに帰ってくるためのスキルではないでしょうか。
ですので、いくつかのランドマークは水底の構成物以外でも設定できるはずです。
クマノミやコケギンポのような定着性のあるサカナや、いつもネンブツダイが群れている岩のくぼみ、ハタ類の潜んでいそうな穴やアーチ、ガラスハゼのいるムチヤギなども使えると思います。
最終的には距離や方位が記されたマップがあれば、そこにいるサカナ達をチェックして回れるようなダイビングを自分達で計画・実行できることを究極の目標として設定してはどうでしょうか。
クマノミこそナビゲーションのトレーニングに欠かせないサカナだということは、同意いただけましたでしょうか。
私がこんなことを言い出すまでもなく、クマノミが大好きなダイバーの方々はたくさんいらっしゃるでしょう。
生き物は季節もの、自然の世界ではお目当てのサカナが見られなくてもしょうがない。でも、そこに行けば必ずいる、というスター的なサカナとの交流はやはり不可欠です。
いまさらですが、このクマノミの生態をおさらいしてみましょう。
クマノミは通常ひとつのイソギンチャクにオスとメスが一匹ずつ、そして数匹の幼魚が棲んでいます。
彼らは親子ではなく、一番強い固体がオスから性転換してメスとなり、次が成熟したオス、他は未成熟なオスのままで順番待ちのようです。
オスとメスの見分け方は尾ビレの色で、メスは白、オスは黄色、幼魚は白か透明です。
ただし、沖縄型のクマノミのオスは尾ビレ全体が黄色くなるのではなく、上下のフチのみが黄色くなります。
夏になってイソギンチャクの近くに産卵すると、オスが卵の世話をし、メスが外敵の防御にあたります。
この時期にダイバーが近づくと、メスが察知してイソギンチャクの中から飛び上がってくるので、遠くからでも卵があることを推測できるでしょう。
気の強いメスは近づくダイバーのマスクや指に果敢にアタックしてきます。しかし、お互いの平和のため、敬遠しましょう。
少し気の弱いメスを見つけて、共生しているイソギンチャクに4方向から少しずつ手を近づけてみます。
一番過敏に反応する方向のイソギンチャクの岩陰に卵が産み付けられているはずですから、そこに少し水流を起こしてやるとイソギンチャクが縮んで卵を見ることができます。
赤っぽければ産卵直後で、10日も経っていれば銀色に見えます。
このくらい慎重に観察していれば、オスが卵をいつくしんでいる様子も観察できます。
くれぐれもイソギンチャクや卵を触らないように気をつけてください。
マイナス浮力すぎて、イソギンチャクや卵をフィンキックで蹴っ飛ばしたなんで論外ですよ(相変わらず中性浮力にはうるさい西川なのです)。
何年か前の夏に、私のホームグラウンドである串本でダイビングしたとき、沖縄型のクマノミを発見しました。
私が現役で毎週潜っていた20年前くらいには見かけないものでした。
串本では近年水温が高め傾向で、南方系の今まで見られなかった生物がどんどん発見されているそうです。
これは好ましい傾向と個人的には思っていたのですが、水温の上昇は沖縄でサンゴの白化現象を引き起こし、サンゴが壊滅するなど大きな社会問題となっています。
一部研究者の間では、地球温暖化との相関関係を研究されているようですが、とにかく日本中で南方系の生物の分布はどんどん北上しているようです。
分布域の北上は特定の海域でみれば南方系生物の初記録ということになり、この目撃は多くのレジャー・ダイバーによって記録されています。
つまり、今や私達レジャー・ダイバーのログブックは地球温暖化の研究データとして貴重な存在になっているのです。
近いうちに伊豆あたりにも沖縄型のクマノミが登場するのでしょうか。それとも、もう当たり前のようにいるのでしょうか・・・。
筆者プロフィ-ル
西川 守(にしかわ まもる)
PADIジャパン/大阪オフィスのスタッフ。
とにかく魚が大好きで、いつもダイバー、釣師、魚屋さん、料理人のそれぞれの視点で魚を観察できる。 おかげで、いわゆるレアものより普通の温帯にいる魚が得意。 大の魚好きなことが高じて、オリジナルのPADIスペシャルティ「サカナとの遊び方SP」を作ってしまう。これまでに、白崎海洋公園、串本、越前、牟岐、大分、佐世保、上五島で、この「サカナとの遊び方SP」のイベントを開催。TVチャンピオン(テレビ東京系/現在は放送を終了)でお刺身を食べて魚種を当てるさかなクンを見て感動するが、いつの間にかそれが自分の得意技にもなってしまう。「生まれ変わったら伊豆大島の波浮港の水底で、つぶらな緑色のひとみで 仲間とひしめき合って水面を見上げているハオコゼになりたい」と常々思っている。
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