海の遺跡 〜 第2回 水中文化遺産と水中遺跡
ダイバーにも知ってほしい、海の遺跡の本当の姿

海の遺跡

-第2回- 水中文化遺産と水中遺跡
~「海の遺跡」の正しい理解のために

考古学で扱う「遺跡」とは、人びとの活動の痕跡の総称です。人びとの活動は多様ですので、遺跡もそれを反映するように、居住域としての集落遺跡、埋葬域としての墓地遺跡、生産域としての水田遺跡など、さまざまなものがあります。そして、残された場所は、人びとの活動の範囲を示しています。そのうちの海・湖・河川などの底に残されたものが「水中文化遺産」です。

通常、水中で人間は生活できませんので、水中文化遺産の大半はもともと水中にあったものではなく、結果として残ってしまった(残された)イレギュラーな遺跡と言えます。水中(水底)に残る船、積荷、都市遺跡などは、いずれも人の意思とは関係なく、不慮の事故や自然環境の変化・地殻変動などによって水中に沈んでしまったものです。

水中文化遺産は、人が住むことのできない、アクセスも容易でない(見ることが難しい)水中という環境に存在すること、さらに、一部はそのミステリアスな内容やストーリー性が付加され、文化遺産としての研究対象というよりは、むしろ人びとの興味の対象として特別視されてきました。調査・研究もこのような遺跡に偏る傾向がありました。財宝を積んだ沈没船や海底に沈んだ古代都市などは、その代表例です。


根府川沖(神奈川県小田原市)
大正関東地震で沈んだプラットホーム[近代]
山本祐司撮影

しかし、水中文化遺産はこのような遺跡ばかりではありません。陸上の遺跡と同様に多種多様です。先に挙げた沈没船や海に沈んだ都市遺跡に代表される水没遺跡のほか、基礎部分が水中に築かれている人工島や港湾遺跡なども含みます。また、残された環境面からも「常時水面下」にある遺跡のみではなく、潮の干満で定期的に陸化と水没を繰り返す潮間帯の遺跡も含みます。そして、元々陸上にあった水没遺跡は、水中にあることで特別視されることはありますが、存在する環境が異なるだけなので、陸上にある遺跡と内容的には何ら違いはありません。


品川御台場・第6台場(東京都港区)・人工島[近世]  林原利明撮影

この「水中文化遺産」(Underwater Cultural Heritage)は、前回触れたように2009年に発効したUNESCO水中文化遺産保護条約で「文化的、歴史的又は考古学的性質を有する人間の存在すべての痕跡であって、その一部又は全部が定期的又は継続的に少なくとも百年間水中にあった」と定義づけられ、一般にはまだ十分に知られているとは言えませんが、研究者間では理解も得られつつある新しい用語です。近年では、海岸部の伝統的な町並みや漁具のある風景のような文化的景観も含めて考えるという理解が世界的な傾向としてみられ、水中に残された遺跡を単なる興味の対象としての「モノ」と見るのではなく、文化遺産として正しく評価、そして保護するという、より広い意味をもたせようという用語でもあります。

もうひとつ、水中に残された遺跡を表す用語として「水中遺跡」があります。水中文化遺産より一般には知られた用語だと思いますし、「水中に残された遺跡」=「水中遺跡」という理解も多くの方がお持ちかと思います。しかし、この「水中遺跡」は、「常時水面下にある遺跡」を示す用語ですので、「常時水面下にある遺跡」でない潮間帯の遺跡や人工島などは水中に残された遺跡であるにもかかわらず、この用語の範疇に入りません。あくまでも水中文化遺産を限定的にとらえる用語です。また、「水中遺跡」は一般に知られているために、先に触れたように、誤った理解・偏った理解というような先入観を多分に含んでいる用語でもありますので、使用には注意が必要です。

近年、ようやく水中文化遺産への正しい理解のもとでの調査・研究が行なわれるようになり、特定の種類のもの(たとえば水中遺跡)に偏らない、幅広い議論もなされるようになってきました。このような中、「水中文化遺産」という新しい用語で水中に残された遺跡をとらえ直すことは、これまでの誤った(偏った)理解を払拭するには良いことだと思います。「水中遺跡」ではない、「水中文化遺産」という用語を通して、水中に残された遺跡をより多くの方に正しく知ってもらうことは、これまでの先入観をリセットできる可能性があります。

皆さんもこれを機に、水中に残された「海の遺跡」への理解を改めてみてはいかがでしょうか。


沖ノ島遺跡(千葉県館山市)
陸上~潮間帯~水中に所在する遺跡[縄文時代]
林原利明撮影

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