海の遺跡 〜 第5回 水中文化遺産とその研究を取り巻く環境
ダイバーにも知ってほしい、海の遺跡の本当の姿

海の遺跡

-第5回- 水中文化遺産とその研究(水中考古学)を取り巻く環境
~遺跡と研究の実情~

前回、陸上の遺跡(文化遺産)と異なる水中文化遺産の扱われ方が、現在の国内での周知度を反映しているということを指摘しました。今回は、その背景にある水中文化遺産やその研究(水中考古学)を取り巻く環境がどのような状況であるのか、ということをお話したいと思います。


初島沖海底遺跡(静岡県熱海市)屋根瓦等の集積[近世]※「台帳」未登載  アジア水中考古学研究所提供

本題に入る前に、日本の「遺跡」を守るための体制について確認をしておきます。その法的根拠は、文化財を守るための唯一の法律「文化財保護法」(以下、「法」)で、それを規範として担当行政である文化庁(国)、都道府県教育委員会、市町村教育委員会が行政上の措置を施すことで成り立っています。この体制は「埋蔵文化財保護行政」と呼ばれています。なお、考古学で扱う「遺跡」は「法」で「埋蔵文化財」(土地に埋蔵されている文化財)と規定されており、水中文化遺産も「埋蔵文化財」に含まれ、「法」の対象になると判断されています。

この「遺跡」を調査・研究する公的機関は各地にあり、地域での調査・研究に貢献をしています。また、多くの大学では考古学を専門に学ぶことができ、各地の調査・研究機関や教育委員会は、卒業生の受け皿にもなっています。このような「埋蔵文化財保護行政」や人材育成の体制は世界に誇れる水準にあります。このことを念頭に置いて、話を進めます。

まず、現状を列挙してみましょう。

・水中文化遺産を明言した法律がありません。

・公的に十分な水中文化遺産のデーターベースがありません。

・専門的に水中文化遺産を調査・研究する公的機関がありません。

・考古学の一分野として水中文化遺産を専門的に学べる教育機関(大学)はありません。

この状況は、保護に対する法的・行政的根拠および、学問としての支援体制、人材の育成体制が十分ではない、ということを示しています。なお、欧米では水中文化遺産研究は考古学の一分野として確立しており、それにともなって水中文化遺産に対して行政や研究者も周知や保護に積極的にかかわっています。

もう少し詳しく見てみましょう。 最初に触れた「文化財保護法」では、「埋蔵文化財」について一章を設けて記されていますが、条文中に「水中」や「海底」などの水中文化遺産に関する語句はありません。制定当時には「水中」を想定していなかったようです。しかし、水中文化遺産も「法」の対象となっているのですから、その周知数が少ないということは、水中文化遺産に対して十分に運用されているとは言えない現状を示しています。やはり水中文化遺産が明言されていないことに問題があるようです。


沖縄県立博物館特別展会場(沖縄県那覇市)
水中文化遺産が多く展示されているが、「台帳」未登載のものも多い
林原栞撮影

そして、「遺跡」は「法」にもとづき、その周知のために都道府県ごとに作成された「埋蔵文化財包蔵地台帳」(詳細を記したカードと位置・範囲を示した地図がセットとなっています。以下、「台帳」)という「遺跡データーベース」に登載されます。この「台帳」に登載されると開発行為で「遺跡」を壊すようなことになった場合は、事前の調査を行ない、記録を残すという行政的な措置に対する根拠となります。したがって、「台帳」に登載されていないと十分な行政的な措置がなされずに、遺跡が壊されることもあるなど、「台帳」は「遺跡」を守るためには重要な公的なデーターベースなのです。

この「台帳」には陸上の遺跡と同じよう水中文化遺産も登載されます。実際に開陽丸、いろは丸、ニール号などの歴史的沈没船や国史跡鷹島海底遺跡などは登載されていますが、陸上の遺跡の登載数と比較するとその数はきわめて少ない状況です。水中文化遺産に関して言えば、十分なデーターベースとは言えず、その結果、存在も明らかにされず、人知れずになくなってしまっている水中文化遺産も少なくはない状況を生んでいます。


石橋沖海底遺跡(神奈川県小田原市)
角が取れて丸くなった矢穴の残る石垣用材[近世]
※「台帳」未登載
アジア水中考古学研究所提供


石橋沖海底遺跡(神奈川県小田原市)
長方形の石垣用材[近世]
※「台帳」未登載
アジア水中考古学研究所提供

公的な研究機関としては、国公立の文化財研究所や博物館などがありますが、水中文化遺産の専門家はいません。そのため、十分な水中での調査実績および研究者の受け皿もないなど、調査・研究環境は不十分な状態です。

人材育成では、多くの大学で考古学専攻コースがあり、多くの学生が学び、研究職に就くものもあるなど、世界的にみても充実した状況です。しかし、水中の分野となると、関連講座を持つ大学はごく限られており、しかも考古学専攻に属さないかたちでの開講となっている状況です。したがって、考古学の一分野として専門的に学ぶためには、研究環境の整っている欧米へ留学するしかないのが現状です。

まとめてみると、次のような状況が見えてきます。

◆水中文化遺産について学びたくても学べない。学んでも社会でその知識・研究を生かせない(職業にできない)→研究者が増えない→学問として発展しない

◆法的・行政的な十分な根拠がない、データーベースがない→水中文化遺産の十分な調査ができない→水中文化遺産が人知れず壊される(なくなる)→水中文化遺産が保護できない

という悪循環を生んでいるのです。これでは、遺跡の保護や学問としての裾野は広がりません。日本は、「埋蔵文化財保護行政」や考古学研究の分野では世界に誇れる環境にもあるにもかかわらず、残念ながら「水中」に関しては不十分な状況が目に余るのが現状です。


調査後に保存・整備された神奈川台場跡(人工島)の石垣(神奈川県横浜市)[近世]
※「台帳」に登載後に調査が行なわれた
林原利明撮影

このような現状の要因には、いろいろな事情があるのですが、やはり水中にあることで「見えない」「見ることが難しい」ということが大きいと思います。「見えない」から「よくわからない」、だから「保護のしようがない」「研究のしようがない」、そして「興味が湧かない」という意識が研究者や行政担当者間にもあるということも無視はできません。なかなか厳しい状況です。

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