第海の遺跡 〜 7回 周知・理解と活用のために(Ⅱ)
ダイバーにも知ってほしい、海の遺跡の本当の姿

海の遺跡

-第7回- 周知・理解と活用のために(Ⅱ)
~大学・研究機関・地方公共団体・国、そして地元での地道な活動~

日本での水中文化遺産およびその研究(水中考古学)に関する動きは、大学、公立の研究機関、地方公共団体・国そして地元有志など多方面でもみられます。

大学では、数年前までは水中文化遺産に関する講座は皆無でしたが、ここ数年の間に複数の大学で関連講座が開講されるようになりました。以前触れたように、十分な状況ではありませんが、国内でも学ぶことはできるようになりました。また、公立の博物館で専門のセクションをつくる動きもあります。

このような動きに伴い、大学での若手研究者、公立博物館での水中文化遺産研究の専門職員採用の動きがあるなど、研究者の受け皿も徐々に広がってきています。

大学や公立の研究機関では、官民の研究助成費等で、水中文化遺産をテーマとした研究・調査もなされ、水中文化遺産の地域と連携した活用の模索など新しい試みも始まっています。前回紹介したARIUAのプロジェクト、琉球大学の研究チームによる鷹島海底遺跡の調査、東海大学などの研究チームによる沖縄・先島諸島での水中文化遺産の調査・活用の模索、東京海洋大学などの研究チームによる水中ロボットを用いた水中文化遺産調査の実験などはその一例です。


水中ロボット(AUV)による調査の様子 東京海洋大学・岩淵聡文研究室提供

地方公共団体および関連機関でも動きがあります。ARIUAがプロジェクトの一環で2011(平成23)年に久米島で開催した海底遺跡見学会は、地元の協力のもと多くの参加者がありました。2回目は2013(平成25)年に開催されましたが、今度は久米島町教育委員会が主体となったものでした。行政が主体となった初めての見学であり、評価できます。

沖縄県立博物館・美術館では、昨年から今年にかけて、国内では最大規模の全国の水中文化遺産を対象とした展覧会『水中文化遺産~海に沈んだ歴史のカケラ~』(2014年11月~2015年1月)が開催され、多くの観覧者が訪れました。期間中、関連の催しや移動展が開催されるなど、水中文化遺産の周知に大きな意味をもつ展覧会となりました。


久米島水中文化遺産見学会の様子
(沖縄県久米島町)  2013年10月実施
片桐千亜紀氏提供


水中文化遺産展覧会チラシと展示会に伴ってつくられた水中文化遺産ハンドブック
(沖縄県立博物館・美術館、恩納村教育委員会)

2012年からは「我が国の水中遺跡の調査、保存及び活用について検討を行う」ことを目的に、文化庁(国)が主体となった「水中遺跡調査検討委員会」が設置されました。この委員会は5カ年にわたるもので、国が主体となり水中文化遺産を対象とした継続的な委員会の設置は初めてのことです。最終年度には総括がなされます。その内容は今後の水中文化遺産をめぐる環境にも影響があるでしょうから注目されます。

このほか、周知のための地元レベルの活動も見られます。このような動きは、古くから行なわれており、地道な情報発信をとおして周知・理解、そして保護に大きな成果をもたらしてきました。たとえば、広島県福山市沖で確認されている幕末の沈没船・いろは丸は、今でこそ、行政も周知した遺跡として知られていますが、元は「鞆を愛する会」という地元の有志による地元活性化を目的に、歴史を掘り起こす会がその存在を公にしたものでした。日本の水中文化遺産研究に大きな足跡を残した北海道江差町の開陽丸も同じように、地元有志による地道な活動により周知されたものでした。

このように徐々にではありますが、前回紹介したARIUAの取り組みを含め、水中文化遺産を取り巻く環境にも変化の兆しがみられるようになってきました。ただし、これまで現状を紹介してきたように、文化財行政や考古学・歴史学研究全体のなかでは、周知・理解に関してまだまだ十分な状況ではないことは強調しておきます。


江戸時代の面影を残す鞆港にある「いろは丸展示館」
[右側の白い建物] (広島県福山市)
林原利明撮影

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