映画「タイタニック」や「アバター」で知られる映画監督のジェームズ・キャメロンは、2012年3月、マリアナ海溝チャレンジャー海淵への潜航を成功させた。人類がその世界最深の海底に到達するのは史上2度目で、かつ単独での潜航は世界初の快挙だ。
未来的なデザインの有人潜水艇「ディープシー・チャレンジャー」の設計から携わり、7年越しの夢をかなえたキャメロン自身が、『ナショナル ジオグラフィック』誌に手記を寄せた。
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2012年3月26日 5:15am
北緯11度22分、東経142度35分
(西太平洋 グアム島の西南西)
夜明け前の海は真っ暗だ。太平洋の荒波が頭上でうねり、「ディープシー・チャレンジャー」が前後左右に大きく揺れる。昨夜は2、3時間横になったが、あまり眠れなかった。
私たちは真夜中に起き出し、潜航前のチェックを開始した。チームのメンバーは全員、緊張していた。これまでの調査航海で最も厳しいコンディションだ。外部カメラを通して、二人のダイバーが潜水艇を降下させる準備をしているのが見える。
操縦室は直径109センチの鋼鉄製の球体だ。私はそこに、殻の中のクルミの実のように小さく押し込められている。背を丸めて座り、両膝を踏んばり、頭を自由に動かすこともままならない。これから8時間、この姿勢のままでいることになる。
私は長年、この瞬間を夢見てきた。ここ数週間は、あらゆる非常事態について考え続け、恐怖に駆られる瞬間もあった。それでも、今の気持ちは驚くほど平静だった。私はこの潜水艇の共同設計者として、あらゆる機能と弱点を熟知している。数週間の操縦訓練を経て、もはや考えなくても反射的に手が動き、パネルやスイッチを操作できる。
現時点で不安はない。あるのは目的を必ず果たすという決意と、この先に待ち受ける体験への期待と興奮だけだった。
よし、やってやるぞ――私は深呼吸をしてから、マイクのスイッチを入れた。
「潜航準備、完了。さあ、浮き袋を外してくれ」
リーダー役のダイバーがロープをぐいと引っ張り、浮き袋を外す。潜水艇が急降下を始めた。波打つ海面にいるダイバーたちが瞬く間に小さくなり、やがて見えなくなった。後に残されたのは闇だけだ。計器の画面表示をちらりと見ると、1分間に150メートルの速度で降下している。
わが生涯の夢が、かないつつあるのだ。7年がかりで潜水艇の開発に取り組んできた。完成までの数カ月も苦労の連続だった。ストレスとさまざまな感情が入り交じった航海を経て、ついに今、世界の海で最も深いチャレンジャー海淵への潜航が始まったのだ。
パプアニューギニア沖のニューブリテン海溝で、テスト潜航の様子を3Dカメラで撮影するダイバーたち。
この潜水艇には、カメラや調査用の機器などが数多く装備されている。
ナショジオ125周年記念の第2弾では、危険に挑む人々を特集しました。ジェームズ・キャメロン監督の独占手記「深海への挑戦」ほか、満員のエベレスト/リスク・テイカー/オーストラリア先住民アボリジニ/衰退するノルウェーの捕鯨/モザンビークと6本の特集を掲載。Webサイトでは、ダイジェスト記事のほかフォトギャラリーや壁紙も!