楽しい気象学入門

-第2回- 朝霧は晴れ

霧について昔から言われている有名な諺に「朝霧は晴れ」というものがあります。
朝のうち霧が出ていると、昼間は晴れてくるという経験則です。

移動性高気圧に覆われて、穏やかに良く晴れた夜は、地表面から空に向かって熱がどんどん放射されて、地面近くの空気が冷たくなります。
冷たい水に砂糖が溶けにくいように、水蒸気も空気が冷えれば冷えるほど、空気中に溶けていられなくなって、あふれた水蒸気が小さな水滴となって空気中を漂うようになり、霧が発生します。
特に盆地では、周囲の山からも冷気が降りてきて盆地の中に溜まるため(冷気湖と言います)、濃い霧が発生することがあります。
山の上から見下ろすと、盆地の中だけがすっぽりと雲に覆われて、見事な雲海を見ることができます。
この霧は「放射霧」と言って、空は良く晴れているわけですから、日が昇って気温が上がってくれば、霧が晴れて、青空が広がってきます。

放射霧に限らず、春は霧が発生しやすいシーズンです。
霧は、一定量の水蒸気と、気温の低下があって、しかも激しく空気を撹拌(かくはん)するような風が吹かなければ発生します。
その点、春は太平洋側の地方でも次第に湿度が高くなってくる一方で、朝晩はまだ冷え込み、特に山間部では、朝は厳しい冷え込みとなることも珍しくありません。
また、移動性高気圧に覆われて風が弱い日も多くなるため、霧が発生する条件が揃いやすくなるからです。

霧に遭遇すると、視界は真っ白、何も見えなくなってしまうので、自動車や船のような交通機関にとっては非常に危険ですが、もしもその霧が「放射霧」であれば、時間と共に霧が晴れて、青空が広がってくるはずです。
ですので、それまでの数時間を動かずにじっとしていれば、やり過ごすことができます。

ところが、残念ながら「放射霧」が現れるのは、少なくとも陸上のお話しです。
海は夜になってもあまり冷えませんから、もしも海で霧に遭遇したら、それはすぐに晴れる霧ではありません。
海で霧が出るのは、まず海上に冷たい空気が流れ込んできているときです。
例えば沿岸部で、夜の間に冷えた空気が陸地から海に流れ出し、海から発生する水蒸気が冷えて、霧が発生する場合があります。
「蒸気霧」あるいは「蒸発霧」と言われる霧で、日が昇れば陸地が暖まって冷気の流れ込みが止まり、次第に霧も晴れてきます。
これはまだ質のいいほうで同じ「蒸発霧」でも梅雨前線が近くになるときなどに、雨粒が蒸発して湿度が増すために発生するものもあります。
こんな霧は、原因となる梅雨前線が移動するか、雨が止まないと、なかなか晴れずにしつこく立ち込めます。
「前線霧」と言って、温暖前線が近づいたときにも霧が発生しやすくなります。原理は梅雨前線の例と同じですが、温暖前線は時間と共に移動するので、やがて前線が抜けて霧は晴れてきます。
しかし、続いて寒冷前線が接近してくるので、今度は急に風は強まり、みるみる時化てくる恐れがあります。

そして厄介なのが「移動霧」。
例えば、黒潮など暖かい海域の空気が、親潮のような冷たい海域に流れ込むと、分厚くて濃い霧が発生します。

このように海域をまたぐような空気の流れは、範囲が広く持続性があるので、何日も晴れないことがよくあります。

このように、朝だけでは終わらない海の濃霧は、陸上のそれよりもはるかに危険です。
50年余り前、濃霧の瀬戸内海で起こった、児童ら158名が命を失った紫雲丸事故はあまりにも有名ですし、近くの海を知り尽くした漁師でも、濃霧の日は船を出しません。
私自身も霧の東京湾を小型船舶で航行したことがありますが、目標が見えないので自船の位置もわからなければ、いきなり目の前に巨大船が現れたりで、生きた心地がしませんでした。

「朝霧は晴れ」って言うから、そのうち晴れてくるよ。
なんて生半可な考えは禁物です。

「朝霧は晴れ」は陸上だけで通用する諺。
船乗りや海で活動する人にとっては「時化は極楽、濃霧は地獄」と心得ましょう。

筆者プロフィ-ル

森朗(もり あきら)
気象予報士。TBSテレビ「ひるおび!」など、テレビ・ラジオ番組に多数出演。
趣味はマリンスポーツ。2017年7月よりウェザーマップ代表取締役社長。著書に「海の気象がよくわかる本」「風と波を知る101のコツ」「サーファーのための気象ガイドブック」など。

 

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