乱獲・汚染・絶滅 - 母なる海に迫る危機

ワールド・イズ・ブルー

-最終回- 失われる生物多様性

「海の生き物の数や種類なんて、どうして気にしなきゃならないんですか?」

「あんなくねくねした気味の悪い生き物、いったい何の役に立つんですか?」

「恐竜もマンモスも絶滅したし、今じゃリョコウバトだっていなくなった。それでも地球は回っているじゃないですか」

「サメやクジラが消えたら何が変わるというんですか? サンゴ礁だって、別になくてもいいじゃないですか?」

私たちが海の生物についていかに知らないか、ここ50年で海の生物がいかに失われてきたかを世界中で訴えている私は、上のような質問をたびたび受ける。けれども、私たちが失いつつあるのは個々の種だけではない。まだ名前もつけられていない、自然のなかでの位置づけもわからない、たくさんの生き物たちが棲む生態系全体が失われつつある。

こうした質問への最善の答え方は、逆にこう聞き返すことだ。

「それなら、火星に引っ越してみたらいかがですか? あそこならくねくねした気味の悪い動物なんていませんよ。でも、息はできないし、水も飲めない。暮らしやすい気候はどうです? あなた自身や愛する人たちの幸せな未来も、あきらめるんですか?」

これらを含めた多くのことが、青い海に覆われ、多様な生き物が暮らすこの世界に依存している。地球において、私たち人間は新参者にすぎない。世界を形作る生命の基盤は何億年という年月の間に、ときどき起こる大激変に対応して繰り返し形を変えてきた。隕石の衝突による恐竜の絶滅もその一つだ。こうした大激変に直面したとき、多様な形態の生命があるからこそ、その基盤は再構築され、再び安定に向かうことができる。

生物はその多様性が少ないほど、病気や気候の変化などによるダメージを受けやすい。多様性に富んでいれば、どこかに生き残るものが出てきて、状況に応じて繁栄する可能性も高くなる。キンポウゲの花が全部同じ時期に咲いたら、遅れて着いたハチの群れには授粉できる花がもう残っていないだろう。すべての人間がペストや結核に同じようにかかりやすかったら、人類はとっくに絶滅していたかもしれない。

地球上の生物多様性を維持するための取り組みとして、国際自然保護連合(IUCN)が、絶滅のおそれのある野生生物を記載した「レッドリスト」を作成している。これまでに評価が行われたのは何百万とも言われる種のうちわずか5万種ほど。例のごとく陸上の生物が優先されてはいるが、多様性は明らかに低下していて、鳥類の8種に1種、哺乳類の4種に1種、両生類の3種に1種、花をつける植物の73%が絶滅の危機に瀕している。

一方、海洋生物種に関する報告によれば、2008年の時点でサメとその関連種の17%が絶滅危惧種、13%が準絶滅危惧種に指定され、47%は情報不足のため意味のある評価が不可能とされている。

危機に瀕している種のなかには、乱獲によって激減したアメリカ海域のハタの仲間もすべて入っている。私がフロリダキーズで過ごした子ども時代に知っていたナッソーグルーパーなど、かつてはありふれた魚だったものも含めて、いくつかは絶滅危惧種だ。

フロリダ州キーラーゴ島沖にある海中研究室「アクエリアス」で1998年に行った調査探検のとき、私はわずかになる一方のこの魚を1匹見つけて大興奮したことがある。まだ幼魚で、幼い頃に見たグルーパーと変わらず好奇心旺盛だった。私を含めて6人が1週間昼夜を問わず潜ったのだが、出会ったナッソーグルーパーは残念ながらこの1匹だけだった。

生物多様性はなぜ重要なのか――この問いに対する現実的な答えは、かなり単純だ。生物界のほかの者たちは人間がいなくてもやっていけるが、私たち人間はほかの生物がいなければやっていけないのである。今のように生物の多様性を低下させつづければ、人類が繁栄を続ける可能性も危うくなってしまうのだ。

続きは、 ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイト読みいただけます。

この連載は、書籍「ワールド・イズ・ブルー」(シルビア・アール著、日経ナショナル ジオグラフィック社)から抜粋、編集したものです。

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筆者/シルビア・A・アール

1935年米国ニュージャージー州生まれの海洋探検家、海洋学者で、ナショナル ジオグラフィック協会付き研究者。 ニューヨーク・タイムズ紙から「深海の女王陛下」「チョウザメ将軍」などのニックネームを与えられ、1998年にはタイム誌の「地球のヒーロー」に選ばれた。 海洋生態系調査における第一人者として総計6500時間以上、70回を越える潜水遠征をし、水深1000メートルでの単独潜水を含むさまざまな潜水歴をもつ。 2009年には、「世界を変えようとしている人物」に毎年贈られるTEDプライズを受賞した。 著書に「ワールド・イズ・ブルー」、「深海の女王がゆく」など

訳者/古賀 祥子(こが さちこ)

東京外国語大学外国語学部英米語学科卒。翻訳家。『なぜ女は昇進を拒むのか』(共訳、早川書房)、『アイデアマップ』(阪急コミュニケーションズ)、『この「聞く技術」で道は開ける』(PHP研究所)などの訳書がある。

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