中米の大サンゴ礁地帯、メソアメリカン・リーフ。全長は1000キロ近くと世界で2番目の規模を誇る。最大はオーストラリアのグレート・バリア・リーフで2300キロもあるが、メソアメリカン・リーフにはそれに勝るとも劣らない豊かな世界が広がっている。
この一帯のサンゴ礁は、大陸棚の縁に沿うように発達しているが、特徴はそれらが海岸から近いこと。距離は、近いとわずか数百メートル、遠くても30キロほどしかない。この環境が、他に類を見ない多彩で豊かなサンゴの生息地を育んだ。
この陸地との近さ、そして海岸近くの生態系との密接な関係は、グレート・バリア・リーフに見られない特徴と言えるだろう。メソアメリカン・リーフでは、マングローブ林と藻場、サンゴ礁という三つの生態系が、海流や潮の干満などで互いに強く影響し合って、切っても切れない関係にあるのだ。
もちろんこの豊かなサンゴ礁にも心配の種はある。気候変動が引き起こす海水の酸性化や温暖化は、ここ中米でも海の生態系を危機にさらしているし、漁業資源の乱獲、沿岸の開発、石油採掘も加速している。それでも満月の春の夕暮れ時には、太古から変わらぬ不思議な現象が今も繰り返されている。
ベリーズ南部グラッデン・スピットの海に、無数のフエダイが産卵にやってきた。その卵を目当てにジンベエザメも集まってくる。ジンベエザメの主食はプランクトンだが、魚卵も食べることがこの海で初めて確認された。フエダイの群れ、フエダイを食べる捕食者、フエダイの卵を狙う巨大なサメが一堂に会する光景は圧巻だ。
私たちはスキューバダイビングの器材を装着し、水深15メートルまで潜った。フエダイの仲間が数種、何千匹という群れをなし、黒い竜巻のように渦を巻きながらゆっくり泳いでいる。やがて体をぴったり寄せ合った集団が急上昇し、大量の卵と精子を放出した。それは煙のように広がり、私たちまで包み込んでいく。視界が真っ白になり、方向感覚を失いそうになった。しばらくすると、ぼんやりと灰色の巨大な影が浮かび上がってきた。ジンベエザメだ。大きな口を開け、胸びれを悠然と動かしながら卵をむさぼる。ほかのジンベエザメが数匹、それにハンドウイルカやオオメジロザメも集まってきた。
その後もボンベの空気が底をつくまで群れを追いかけた。海面に上昇し、ボートまで戻ると、夜空には昇ったばかりの満月が光っていた。フエダイたちをここに呼び寄せたのは、ほかならぬ4月の満月だ。この時期に産卵すれば、受精卵は大潮に乗って無事にマングローブの林まで運ばれる。ジンベエザメも不思議な本能に導かれて、遠い海からやってくる。私たちはこの晩、メソアメリカン・リーフの複雑で神秘に満ちた一面を垣間見ることができた。そう、この浅瀬で拾い上げるものはすべて、宇宙の万物と結びついているのだ。
ユカタン半島沖、魚類最大のジンベエザメが魚の群れと戯れる。
(Brian Skerry/National Geographic)
特集「生命躍る 中米の青い海」のほか「ムスタン王国 謎の洞窟群」「北欧 廃屋の動物たち」「象牙と信仰」などを掲載。